西部劇の魅力(14):再びジョニー・デップ

再度ジョニー・デップの話題に戻ります。
ジョニー・デップ先住民族の血を引いていることでも知られています。
先住民族チェロキー族の血を引き、常々「先住民族の血を引くことを誇りに思って生きている」と公言しています。また、先住民族コマンチ族の女性と養子縁組をして一族の一員になり、先住民族についての啓蒙活動を行っています。

そのデップがネイテイブ・アメリカンにとっての聖地といわれる、サウスダコタ州南西部のウーンデッドニーの一部を購入する意思を示し話題になりました。

ウーンデットニーは、米先住民族スー族が米連邦政府軍に虐殺された地です。先住民啓蒙運動の聖地としても知られている地です。
その真意については、新聞でも憶測記事が載っていましたが、本人によれば、先住民の血を引くデップが、土地を買い取り、スー族に返還するのが目的と話しているそうです。
デップは「本来なら政府が(現在の)土地所有者から買い戻してスー族に返還すべきだが、できないのなら私がやる。何かを起こし、スー族の文化を守り、悲劇の風化を防がなくてはいけない」と購入の意義を強調しているとのこと。

しかし、デップの発言には、ネイテイブ・アメリカン達も冷ややかで、巷では興行成績が芳しくない「ローン・レンジャー」の話題づくりのためではないかと噂されているそうです。また、「奪われた土地を金で奪還しても誇りは取り戻せない」といった声がある一方、虐殺事件の犠牲者の子孫であるブリングス・プレンティさんのように「動機や手段がどうであれ、土地が返還されるなら歓迎する」という意見もありますが、デップの発言の真意をはかりかねているというのが大勢のようです。

ところで、下世話な話ですが、ウーンデットニーの地価というのはどれくらいなのでしょうか。
現在の地権者が、計0.32平方キロの2区画の土地を490万ドル(約4億8600万円)で売りに出しているそうです。しかし、買い手がつかない状態だそうです。
スー族の住民は適正価格は1万4000ドル(約138万円)としており、「奪った土地で巨利を得ようとしている」と批判しているとのこと。
いずれにしても、デップの土地購入宣言はあまり芳しい評判ではないようです。

ウーンデットニーは米中北部サウスダコタ州のシャノン郡にある地域(2.8平方キロ)で、約300人のスー族が定住しているパインリッジ居留地内に位置する場所。
19世紀末にゴールドラッシュで先住民族の弾圧が激化する中、ウーンデットニーでは1890年12月29日、女性、子供を含む250人以上のスー族が米軍の第7騎兵連隊によって虐殺されました。

虐殺の理由は、ゴーストダンス(幽霊ダンス)と呼ばれた儀式が流行したため、「放置すれば終末的な新興宗教化し、一斉蜂起につながる危険性がある」というものでした。以降、ウーンデットニーは先住民族の権利拡大闘争の象徴的な聖地とされます。

ウーンデッドニーもネイテイブ・アメリカン達の心に大きな傷跡を残し、ネイテイブ・アメリカンと白人達の闘いの最終章と考えられています。


このウンデッド・ニーの虐殺に関しても、残虐な描写で描かれている記録もありますが、

あっさりと書かれたウイキペデイアの記載を引用します。

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1868年にスー族と米国政府はララミー条約によって、サウスダコタ州にあるスー族の聖地ブラックヒルズは永久にスー族のものであると確約したが、ジョージ・アームストロング・カスターがブラックヒルズに金鉱を見つけると、開拓者が金を求めてブラック・ヒルズに侵入し、条約は破られた。

絶望的な状況に置かれた西部のインディアンの部族には、ゴーストダンスを踊ることで平和なインディアンの国が還ってくるという新興宗教ゴーストダンス教が大流行した。信じるものは銃弾も効かないとされるこの宗教を恐れた白人は、ゴーストダンスを禁じ、スー族のゴーストダンス指導者キッキング・ベア(Kicking Bear)を含むビッグ・フット酋長(Big Foot)の一団をサウスダコタ州のウンデット・ニーに連行した。白人の話では一人が銃で抵抗したということになっているが、インディアンの話では、一人がナイフを持って手放さなかっただけで200人以上が虐殺された(ウンデット・ニーの虐殺)。ここに連邦政府とインディアンの戦いは終わる。1890年12月29日のことである。

アメリカ人の歴史では1890年はフロンティアが消滅し、西部が勝ち取られた輝かしい年とされているが、インディアンにしてみれば1890年は、アメリカインディアンがひとまず征服された年なのである。

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自分の知識や想像力が及ばないものに恐怖する場合があります。
私達日本人は、そうした対象に畏敬の念を抱く場合が多いですが、環境を支配しようという強い意志力を持つアングロサクソン達は、排斥したり、抹殺したりする志向性が強いように思います。
他方、モンゴロイドのネイテイブ・アメリカン達の気持ちは、日本人には理解しやすいのではないでしょうか。

同じ現象を時間軸の目盛りを細かくすることで、自分達を目の詰まった息苦しさで縛ってしまっているのがアングロサクソンのように思います。目の大きい時間軸で捉えても、認識は違うかもしれませんが現実は同じものです。そこに同じ認識を強いることは、価値観の一元化であり暴力に近いように思います。