ホワイトデーの苦い思い出

この時期になると思い出すことがあります。

労組の中央執行委員をやっていた若かりし頃のこと。

当時、神戸の事業所に、組合活動に協力的だったSさんとYさんという女子社員がいました。

ホワイトデー当日、執行委員会を神戸で行っていたこともあり、
私は2人に何か買ってくるようにと、委員長に頼まれました。

その当時、ホワイトデーに下着を贈るのが流行っていたこともあって、
「下着でも良いですか?」と私は委員長に確認しました。

「おお、お前が選んでくれれば何でもいいぞ」委員長は鷹揚に答えました。

他の先輩委員が横から助言してくれました。
「Yさんはとにかく下半身が大きいからな。普通のサイズだったら入らないから気をつけろよ」

いつも真面目な話を冗談っぽく話す先輩でしたので、
私は笑いながら、本当ですか〜と、軽い口調で答えました。

そのやりとりを聞いていた真面目な先輩が、心配になったのか、
「とにかくYさんは顔はお人形さんみたく綺麗で可愛いけど、
冗談じゃなくて本当に下半身がすごいから」と真顔で忠告するのです。
他の先輩も、うなずいていました。

委員長も「せっかくもらった下着が小さかったら可哀想だからな、注意してくれよ」

私はSさんには何度かお会いしていましたが、Yさんにお会いしたことはありませんでした。
顔は綺麗で可愛いけど、下半身がすごい! 私の理解力を超えています。
しかし、これは外せない条件らしいのです。

いえ、外せないどころか、今回のミッションの一番のキーになると私は確信しました。
私はミッションの内容に似つかわしくない緊張感を抱き、ホテルを後にしました。


元町で地下鉄を降りると、私は大通りに面したビルの1階にある、
瀟洒で明るい感じのランジェリーショップに入りました。

私は、店主らしい女性に、上品で可愛いものを選んでもらうよう依頼しました。
その際私は、把握している情報に漏れがないように、事情を事細かく伝えました。
1人は中肉中背、もう1人は私は会ったことがないんですが、上半身は普通らしいのですが、
下半身がすごく太いそうで、そういう人にも合うものを選んで欲しいんです。

私の訳のわからない説明に耳を傾けていたお店の人は、
ニコニコしながら、分かりましたと言って、店頭で商品を選んでいました。

暫らくして、お店の女性は、「これなんかどうでしょうか」と、
インテリア商品のような下着を、私の目の前に示しました。

どうでしょうかと言われても、
もとより女性の下着を比較検討する知識も眼もありませんでしたので、
お店の人に、良さそうなのを選んでもらえれば、私は何でも良いと思っていました。
しかし、選んでもらったものは、何か小さく見えたのです。

「私は会ったことがないのですが、とにかく下半身が太めの方らしいんです」と念を入れました。

「大丈夫ですよ。フリーサイズですので、どなたでもお使いいただけます」
お店の女性は私の不安を払しょくするように、笑顔で返してくれました。

私は、綺麗に包装された包みを入れた紙バッグを持って、
執行委員会をやっているホテルに戻り、委員長に渡しました。

委員長はニコニコしながら、
「おお御苦労さん。2人と今夜食事をすることになったんだ。
俺が苦心して選んだんだと言って渡してくるからな」

いつもながら明るい表情で、委員長はねぎらってくれました。

ミッションを終えた私は、とりあえずホッとして、春闘と制度改訂の議論に加わりました。


自分の選択が、とんでもないことになるとは、私はこの時少しも思ってもみませんでした。



夕日を浴びて雲にかすむ富士山(長沼大橋から)