ホワイトデーの苦い思い出(続編)

「おいおい、大変なことになったぞ!」

午前中に、神戸の事業所に行き総務部と打ち合わせをしてきた委員長が、
執行委員が集まっている部屋に入ってくるなり、
私の方を見ながら言いました。


「SさんとYさんな、
お前が買ってきたホワイトデーのプレゼントを、家に持って帰って両親の前で開けたそうだぞ」

「えっ、本当ですか!」
私はそういう行動パターンは考えてもみませんでした。

「いつも俺は、うちの女子社員はまじめな娘が多いって言ってるだろう。
親の目を盗んで悪さをするような娘はいないしな。親子の関係だってそうさ」

えっ、そんなこと聞いたことなかったような気がするけど、と思いながら、委員長の顔を見ると、
大変と言いながら、なぜか嬉しそうにニタニタしています。


聞けば、SさんYさん、それぞれは、家に帰ると、

ご両親の前で嬉しそうに、

「これねー、ホワイトデーなので、組合の役員さんがプレゼントしてくれたの」
と言いながら、ラッピングを外し、箱を開けたそうです。

(SさんとYさんは、一体何が入っていると思ったのでしょうか?私はそこを厳しく追及したい!
重さで分かるでしょう?何となく)


とにかく中から出てきた物は、刺繍の入ったピンク色の下着。
普段娘が身につけている物とはほど遠いものだったと思います。


気まずい、氷のような沈黙が、娘とご両親との間に生じたのは言うまでもないでしょう。


まずい、私は率直にそう思いました。
一人暮らしの独身時代が長かった私は、そういう家族関係を想定できませんでした。


『こんな物を娘に渡すような組合の役員とはどんな奴だ!』
SさんとYさんの父親はそう思ったに違いありません。

もしかして、私の名前を書いた藁人形に5寸釘が?!


「いやー、俺も今日2人から責められて困ったんだぞ」
委員長は、さも大変だったような口調です。

「***(私のこと)が買ってきたので、俺は中身が何だか知らなかったのだ。
下着だと分かっていたら、別なのに換えさせたんだけど、悪いことをしたなー、と謝ったよ。
お前も今度会ったら謝っておけよ」

いやー参ったよと言いながら、委員長はニコニコしています。


そうだった。
目の前の現象だけ見ていてはだめなんだ。
家族関係を想定して、そこでどういうドラマが起こる可能性があるかをシミュレートして、
最適解を考えださなければならなかったのだ。

経営や経済のことだけでなく、人間への深い理解がなければ、
海千山千の経営者と経営協議会等で渡り合うことはできません。
そういう意味では、委員長が課した今回のミッションを、私は完全に失敗したのです。

しかし、そういう優等生的な反省は、私の心には響いてきません。

私は、思い至らなかったことから生じるいろいろな問題も、
それを受け入れて楽しむことの方に魅力を感じてしまいます。
ほとんど負け惜しみですが。


しかし、ご両親を前に、箱を開けた時の、SさんやYさんのばつの悪さを考えると、
申し訳ないことをしたと思います。
(お二人とも本当に良い人だったんだなーと思います)


毎年今頃になると、記憶に蓋をしたはずのことが、思いだされてしまいます。

それにしても、Yさんは本当に可愛い顔の美人で素敵な女性でした。