中年の集い

3ヶ月振りの不良中年の集いでした。

炭火焼肉を、先輩のM氏宅で行いました。

炭火コンロで焼いていたら、キッチンの煙感知器が思いっきり鳴り出しました。
あんまりうるさいので、私が天井から外したのですが、電池の取りだし口が開きません。
仕方ないので、ベランダに放り出したら、じき鳴りやみましたが、部屋の中が煙だらけです。

煙が部屋に充満するので、扇風機をベランダに向けて廻し出したら、すーっと煙が引いていきました。
外から見たら、窓から煙がどんどん出てくる異様な光景でしょうが、炭火で焼いた肉や野菜は美味しいです。

こんな環境で、オヤジ3人の飲み会です。


M氏、K氏は共に、20年以上前に私が1年9ヶ月程在籍した会社の同僚であり先輩でもあります。

いつもながら、食べ物、音楽、時事問題、旅行、仕事、政治、組織論、等々雑多な話題で話がはずみます。

私はあまり飲まないので、同じ仲間と群れるようにして頻繁に飲むという習慣がありません。
仲が良い相手でも、目新しい話題を提供できないと、相手の時間を無駄にさせてしまうような気になりますし、自分自身も、同じメンバーでマンネリ化した話題の中で酒を飲むのを苦痛に感じてしまいます。
刺激がないと楽しくないのですね。

しかし、この2人と飲むときは、特に刺激は感じませんし、話題はいつも同じようなものですが、会話を楽しく感じます。

一通り飲み、食べ、飲みつかれたMさんが、うとうとし出しました。

アルコールに強くない私も眠くなり、心地良い睡魔に襲われます。


大分時間がたって、まだうとうとしていると、Kさんの声がきこえます

最近は自分の手柄話ばかりする輩が多いと、Kさんはちょっとお怒り気味です、
そういう奴に限って、部下の手柄を自分のものにする一方で、失敗を部下のせいにしたりする。
最近そういう心の狭い奴が目につく。

部下に任せたら、うまくいけば褒め称えてやり、部下が失敗すれば、それは任せた自分が責任を取らなければならないのに、そういう風潮がなくなっている。

Mさんも飲みながら頷いて、最近のあまり潔くない風潮の事例を指摘していました。

K氏もM氏もタイプは全く異なりますが、下から慕われ敬われてきた仕事人生だったと思います。

当たり前のことですが、自分が部下に任せた仕事も自らの責任とすることで、部下のフォローも真剣に行うようになり、労務管理にも気遣うようになります。自分のことだけしか考えられなくなっていたり、そうした余裕がない社会になっているのが、どういう原因によるのか、時代を比較してみたり、他の国との比較をしたりすることで、原因が浮き彫りになったりします。

一眠りした私も、また話しに加わりました。

件の原因は、自分達のことを社会のせいや環境のせいにする日本の教育や、また自分の身を自分で守ろうとする気概を消失させてしまっている戦後の体制の問題が大きいということに収束しつつ、中国や東南アジアに詳しいK氏の民族比較論をきっかけに、文化論へと話がはずみ、普段思っていることを互いに忌憚なく話し、飲み疲れるとまた横になったりと、心地良い時間が過ぎていきます。


そういえば、M氏やK氏から自慢話らしい話を聞いたことがありません。自分の失敗談をネタにして、一緒に笑い飛ばすことはありますが。
例え、成功者と目される人でも、M氏やK氏に自慢話をすれば、何だ、その程度で自慢かと、冷笑されるのが落ちでしょう。地位ある俗人にとって、2人とも煙たい存在に映ることでしょう。


さて、M氏の部屋の壁に、こんなものが貼ってあるのを見つけました。激写!

これは、若かりし頃の書だそうです。


印の上の名前はぼかしました。

こちらは、他人の書を書き写しただけとのことですが、とても味のある内容に思います。


やはりなー、と思いました。

互いに気兼ねなく好き勝手なことを言い合える、気楽な仲間です。
他愛もない会話しかしませんが、

会話の後味が良いのです。

また、会って話をしたくなるのは、こうした精神性を持っているからなんだろうなと思います。







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