常識と非常識、純粋と無知

中学生の頃だと思いますが、新聞の社会面に載っていた記事を読んで、とても驚いたことがありました。
ある地方(としておきます)で、家族が可愛がっていた犬が亡くなったそうです。
家族同様に可愛がっていたため、皆が嘆き悲しみました。
家族は、あまりにも悲しくて、亡くなった犬を皆で食べることにしたそうです。
食べることで供養したのでしょう。
その地方には、こうした風習は珍しくないようなことが書いてありました。

私はこの記事を読んで、そんな馬鹿なと、とても驚いたことを覚えています。
しかし、その頃読んでいた本で、戊辰戦争の時、攻めてくる政府軍が殺した敵の肝臓を食べるらしいという噂が、会津藩に広がり、会津藩の兵士の中には戦意を削がれる者も出たということを読んだのです。私は、このことにも大変驚きましたが、所が変わると自分には判断できないことがあるものだと思いました。全く関係ない2つのことですが、私の心の中にずっと残っていました。


さて、今年の2月でしたか、ネパール中部で40歳の女性が親族らから暴行を受けた末に焼き殺されたという事件がありました。
地元警察によれば、親族らは女性が魔女だと信じた上での犯行とのことです。

事件の起きた場所はネパールの首都カトマンズの南西約80キロの町だそうです。首都からそう遠くない距離ですが、首都に近い遠いなどという日本の概念は通用しないのでしょう。
女性は祈とう師から、親族の1人を病気にする「呪い」をかけたと非難されていたそうです。
この言葉を親族は信じ込み、朝、牛小屋の掃除を終えたばかりの女性を襲い、棒や石で打った後、灯油をかけて火を放ったということです。
女性には2人子供がいて、このうち9歳の娘さんが一部始終を目撃していたといいます。何ということでしょう。

警察によると、祈とう師2人と女性5人、8歳の少年を含め、殺害に関与したとみられる10人を拘束した結果、全員が犯行を認めたそうで、殺人罪に問われているということでした。

近所の住民らは警察に、襲撃に気付いた時はすでに遅かったと話したそうで、こうした迷信信仰はこの地域のみんながみんな信じている訳ではなさそうです。


昔、カトマンズの恋人という映画を見に行ったことがありました。麻薬中毒の少女に心を惹かれた青年の話でしたが、何となく映像のイメージは覚えているのですが、この事件から受けるイメージとはるか昔に見たこの映画のカトマンズの映像が重なってしまうのです。

時間が止まったようなネパールの地。
自分の身の回りでは決して出会えないようなショッキングな事件ですが、退屈な毎日だからこそ起きる事件のようにも思います。

カルチャーシヨックは、単なる無知や傲慢さから感じる場合が多いと思いますが、その上で、どうしょうかと考えるには、素朴な純真さと誠実さが重要に思います。純真や誠実さは時に残酷な場合も多いですが、

さて、ネパールの首相は国民に、民間信仰に惑わされることのないよう呼び掛けたそうです。
政府は女性の子どもたちに、100万ネパールルピー(約100万円)を支給すると発表したそうです。
為政者の感性には、とりあえず安心できます。