ある北京事情

北京というと、日本では、大気汚染の問題が関心を集めていますが、
今日は、北京で理髪店を出しているAさんの話を伺いました。

Aさんは、従業員25人で、静岡市清水区の、堂林、草薙、高橋の3店舗を経営されています。
北京には2004年の9月に出店したそうで、現地スタッフ7人で行っています。

現地の店舗を吸収する形で法人を設立して、60%を出資し、40%は現地出資。その内の20%が店長の出資とのこと。
(Aさんは中国進出するに当たり、いきなり法人設立はまずかったと反省されています。先行投資はリスクが高いので、最初の出資は少なくすべきというのです。また、撤退は交渉のカードとして持っているべきとも仰っていました。中国に進出してきた日系企業の首根っこを押さえる強引さは、Aさんの言葉のニュアンスからも、伝え聞くことが嘘でないことを裏付けているように思いました)

ともあれ、国内3店舗で中国に進出というのも驚きですが、お話を伺うと、更に驚きがあります。


北京はずっとインフレが続いており、
2004年には、料金50元(約700円)で始めたそうですが、
現在は200元と4倍になったそうで、それにつれ、アシスタントの給与も、3〜4倍になったそうです。

日本ではデフレしか経験していないので対応に苦慮しているとのこと。
料金をどうやって上げていったら良いかに悩むそうです。
近くに新しいビルができると、そこに入る理髪店の料金が周辺相場より大分高いのに、お客が入っているといいます。
お店の既存のお客が奪われているわけではないので、暫らくしてAさんの店も料金を上げます。
そうこうするうちに、また周辺に新しいビルができ、そのビルの理髪店の料金も周辺よりも高いそうで、、、暫らくしてAさんも上げていくという繰り返し、、、

店長から値上げのスピードが遅い等と文句を言われるらしいのですが、、
こうして後追いで料金を上げていっても、経営は楽ではないと仰います。

お客に関しては、日本人の比率を下げてきたとのこと。その理由は、日本人のお客は儲からないからというのです。
理容業に限らず、日本人はネットでお店の料金情報を調べて、少しでも安い店に行こうとする傾向が顕著とか。
それに比して、現地の中国人は金額が高くても質の良い店を選ぶ傾向が強いとのこと。
意外な気持ちで私は話をお聞きしていました。

日本人相手の店は苦しくなっていくようです。
また、中国から撤退する企業が増えてきているため、日本人の絶対数も下がってきているのでしょう。
三越も撤退するのではないかと噂されているそうです。

また、低価格で進めてきたサイゼリアがインフレで価格を上げていけるかどうかも注目点とのこと。
ちょっと分かりにくいのですが、これは、インフレによる人件費や原材料等原価の上昇を、応分に価格に転嫁していくと、下記の理由で他の店と差別化しにくくなるということだと思います。
サイゼリアは原材料をその時その時の廉価な組み合わせをシステム化していて、最適解で発注することで知られていますが、人件費の上昇幅が大きいと、原材料費のコストダウンを図っても、そのコストダウン効果は、全体コストの中ではそれ程の効果にならないということなのでしょう。

低価格路線は、デフレ化では集客要素になりますが、インフレなどの状況によっては、差別化の要素が薄まるため、サイゼリアのような低価格路線の店がアピールしにくいのでしょう。

また、日本人の減少に伴って、予備校も生徒数が減ってきているので経営も大変ではないかとAさんは仰います。
今後も撤退企業が増えていくだろうという見方をされていました。
ただし、イオンは足を突っ込みすぎたので、仕方なく続けていくのではないかとのこと。これも、いろいろと噂されている所ですが、、


労務面で驚いたのは、
このお店(に限らないのでしょうが)では従業員の教育はしないというのです。
例えばシャンプーアシスタントはシャンプーしかやらないそうですが、自分が能力アップをしたいと思うと、退職するそうです。今の店を退職して、別の店の、例えばカットの求人に応募したりするのだそうです。

優秀な人材であれば、引きとめて自分の店でカット等を教えようとすると思うのですが、そうは考えないようです。
シャンプーアシスタントからお店を辞めたいと申し出があり、話を聞くと別な店でカットを習うとのこと。カットを覚えたら、今の店でスタイリストとして雇ってくれないかと言われたりするそうです。
Aさんは教育・研修の必要がなく、自分でスキルを磨いていくので楽だと仰っていました。

自立心が高いのか、国が興っては滅ぼされる歴史で、他には期待しないのか、主に対しての忠誠の意識が希薄なのか、ずいぶんドライなんだなと思います。
理容業は個人の技量の世界ですから、こうした労働事情なのでしょうか。
機密漏洩に過敏にならざるを得ない業界では、また違うのだろうと思うのですが、そう思うこと自体が日本的発想なのかもしれません。
精密機械商品でも、堂々とパクり商品が流通している国ですから、仁義などない社会なのかもしれません。

また、1年のうち12ヶ月きちんと給与を払うのは日系企業位だそうで、現地企業では、従業員に払うのは10ヶ月分位という会社が多いのではないかとのこと。ここも日本人には分りにくいところです。
未払い給与があると、再雇用等の交渉の際雇用する側に有利なので、現地の会社は、ことあるごとに、未払いにしようとするというのです。
日系企業は12ヶ月分ちゃんと払うから、逆に文句を言われやすいと仰います。

なるほどと、論理的には納得できます。
労働争議を起こして給与を上げろなどと要求されれば、未払い給与を没収されたくなかったら仕事につけ!などと言えます。脅しの材料ですね。
現地企業なら、未払い給与を増やすことで、労働者を抑えることができます。

しかし、日系企業の場合、労働者が怒って会社の設備等を壊しても、警察も中国政府も法に順じた対応を取ってくれません。
そのため、労働者や背後で糸を引く中国共産党には、日系企業は逆らえないのです。

また、家賃も毎月払わないのが中国流のようです。Aさんの店も家賃を6ヶ月払わないこともあったそうです。
現地では、『金を貸すバカ、返すバカ』という表現があるそうです。

中国では簡単に戸籍を買えるという話も良く耳にしますが、Aさんの知人には、名前を3つ持っている人がいるそうです。また、少数民族によっては優遇する施策があるそうで、少数民族になりきっている漢人もいるとのこと。
いつもモメゴトを抱えているのが当たり前の社会なのだそうですが、自分はそんな割り切り方はできそうもありません。

Aさんのお話を伺って、軟弱な自分では中国で生きていけそうもないと思いました。