混合診療の問題(3)

家族が難病にかかった時、先進医療で回復する可能性があれば、家族に何とかその医療を受けさせてやりたいと願うでしょう。
しかし、現代の検査機器や医療設備、医療そのものも、大変高価なものとなっていて、その先端医療を希望する人が、健康保険制度を利用して一部の自己負担のみで受けることができるようにするには、財政の面で困難があるようです。
抗生物質を使用することが高度な医療サービスという時代もありましたが、現在の医療の進歩には以前と比較にならない位の資金が必要になります。

医療や介護の問題は人道的な観点でとらえられて、とかく聖域視されやすいのですが、実際の現場では、そうはいかない場合もあります。
今まで、同じ難病でも、患者さんが多い病気は研究が進んで治癒の可能性が高まっていても、患者さんの少ない難病は研究がなかなか進まないということがありましたが、これは現実問題として投下した資金が回収できるかどうかという経済の論理によるからでしょう。
国はこうした難病の問題に今後積極的に取り組んでいくとしていますが、私達はいつでも総てのことに無限の対応ができる訳ではありませんので、政府は国民の様々な要求にも優先順位をつけて、それに応じて予算付けをしていくという、ある特定の人達から人非人と指弾されるようなイヤな仕事も行わなければなりません。

人道的な光を照らしてこうした問題を眺めようとすると、政府を非難することが、自分の身を安全な高みにおいて安直に正義感をもって論うことができますので、野党やマスコミや進歩的知識人と言われる人達の声は、一方的な非難に傾きやすいということがあります。しかし、こうした思考回路では、いつまでたっても問題の解決ができません。

さて、保険会社にとって、個人が高額医療の負担に怯える状況が、保険加入を勧めやすい土壌となります。
混合診療が解禁になり、自由診療の幅がぐんと広がれば、高額な医療費が必要な医療のメニューが増えてきます。保険枠から外れる個人の負担する医療費が高額になれば、まさかのために、その負担を軽減する生命保険等の加入の必要性を強く感じるようになるでしょう。保険会社にとっては大きなビジネスチャンスの到来です。

ここで、私の素朴な感覚では、処方例の少ない先端医療が、当初は自由診療となるのもやむを得ない場合もあると思います。しかし、やがては、その医療技術が一般的になった時に、その医療サービスや薬は健康保険制度の枠の中に入り、私達国民は等しく、一部自己負担で医療サービスを受けることができるようになるものと考えていました。

しかし、保険会社はそうは考えないようなのです。

保険会社からしますと、混合診療枠に一度入ったものが、将来皆保険枠に入ることもありうるとすると、自社の保険商品の対象だった医療がその対象から外れてしまう訳です。となると、保険の組み換えを行ったりしなければならないでしょう。また、保険会社は、自社商品の対象がどんどん増えてくれれば、黙っていても利益が増えていきますが、都度都度皆保険枠に移されてしまうと売上が減ってしまう場合も考えられます。
そんなことになったら、生命保険業界にとって久方ぶりのビッグチャンスにあって、せっかくの収益モデルの安定化が図れなくなります。(全くの保険会社の都合ですが)

ここで考えられるのは、保険会社が政府に圧力をかけて(甘い方の圧力でしょうね)、混合診療枠に入った医療サービスや薬品等は、皆保険枠に入れることがないようにするという制度設計を通そうとするでしょう。

小泉政権の時にも産業界との不自然なやりとりを感じたことがありましたが、今回の内閣がこの点をどう対応するか、安倍政権の一つの評価基準として私は見ています。

そこまでは、いくらなんでもごり押ししないでしょうと思われる方も多いと思いますが、例えば、オリックスの宮内社長は「一度、混合診療枠に入れた物を皆保険で認めてはいけません」と発言しているそうです。

これは生保業界の本音だろうと思いますし、業界の内々での四方山話の一つとしてなら、こうした発言も分からないではありませんが、経営者が言うべきことではないでしょうね。
経営者であれば、仮に上記のような考えをする社員がいたとしたら、その者に対して、例えば、
私達はお客様の利便向上の上で成り立つ商売をしている、
私達のビジネスモデルはお客様のためになる方向に向いていなければならない、
お客様が望まないようなビジネスモデルは長続きしないものだ、
最前線の社員がお客様に胸を張ってお勧めできる商品設計を考えて欲しい、
お客様の目線から、世の中はどうあるべきで、そのあるべき姿に私達がお役に立てる商品はどうあるべきかを考えるようにしなさい
などといったことを言うべきではないのかなと思います。

先述の発言は、お客は、所詮我々のビジネスの餌に過ぎないと言っているように聞こえます。
そして、こうした発言が外に伝えられるというのは、業界が私達国民のレベルをなめきっているようで、とても不愉快に感じます。

この生命保険の商品化は、官の制度変更が民のビジネスを広げていくこととなり、お互いに補完し合っていくことになりますので、とても良いことではないかと、本来ならば考えるところですが、こうした産業界のいやったらしい思惑が透けてしまうと、うんざりしてしまいます。
せっかく、官民協業の良い事例になるビジネスチャンスになると思うのですが。

人道的と考えられている医療サービスを、国民がなるべく受けられるようにと考えて作られる筈の生命保険の商品設計を考えている人達が、実は非人道的な動機により経済活動を行っているらしいというのは、悪い冗談のようです。